危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪の隙間(会報65号の誌上フォーラム 提言3より)

 当会は、毎年11月の世界道路交通被害者の日に「交通死傷ゼロへの提言・北海道フォーラム」を開催してきましたが、コロナ禍により2年続けての中止を余儀なくされました。
 しかし、2021年に予定していたテーマ、交通犯罪の刑罰に関しては、発足以来の重要課題ですので、会報第65号において、誌上フォーラム「交通犯罪の刑罰の軽さを問う」として特集しました。


誌上フォーラム:交通犯罪の刑事罰の軽さを問う


 このページでは、上記提言の中から、提言3:危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪の隙間(副代表・弁護士 内藤裕次)を掲載します。

危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪の隙間

副代表 内藤 裕次(弁護士)

第1 はじめに

 平成25年に「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(以下、「自動車運転処罰法」といいます。)が新たに制定され、それまで刑法で規定されていた自動車による人身加害犯罪が独立した法律となりました。その法律の制定前、当会は、パブリックコメントを出し、私も個人の意見として、要望書を提出したことがありました。その要望書に書いたことのうち、一部は未実現のまま現在も課題として残っています。それが、「危険運転致死傷と過失運転致死傷の隙間」の問題です。

 このことを具体的に説明しますと、「危険運転致死傷罪のハードルが高いため、より軽い過失運転致死傷罪で裁かれざるをえない事案があるが、過失運転致死傷罪の刑罰の上限が7年であるため、一般国民の感覚からみて軽い量刑になってしまう。そこで、この量刑の隙間を埋めることができないか。」ということを意味します。

 以下、詳しくみていきたいと思います。

第2 危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪

 まず、これらの犯罪について、その内容を確認しておきます。(会報54号p8の青野弁護士作成の図参照)

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会報54号p8の青野弁護士作成の図

(参考)
2007年改正で、危険運転致死傷罪の対象にバイクが追加
2007年の道路交通法改正で、飲酒運転に対する罰則強化(酒酔いの最高刑が3年→5年に引き上げ等)があり、飲酒運転に関係する者も処罰することとした。具体的には、同乗する行為、酒類を提供する行為、車両を提供する行為の一部が処罰対象になった。
2007年の道路交通法改正で救護義務違反(ひき逃げ)の最高刑が5年→10年
2013年改正は、自動車運転処罰法という新法の形になり、刑法から独立し、危険運転に新しい類型を加え、またやや軽い危険運転も新設した。さらに、無免許運転の場合に刑が加算される新規定を作った。

1 危険運転致死傷罪

 危険運転致死傷罪は、運転行為が自動車運転処罰法第2条に規定された6つの危険な運転のうちのどれかに該当し、かつ、運転者も危険な運転をしていることを認識して運転していて、その結果、人を死傷させた場合に成立します(法律的には不正確かもしれませんが、できるだけわかりやすい表現にしています。以下も同じですのでご了解ください)。

 刑罰の範囲は、人が死亡した場合であれば、1年以上20年以下です。

2 過失運転致死傷罪

 過失運転致死傷罪は、不注意な運転をした結果、人を死傷させた場合に成立します。
 刑罰の範囲は、1か月以上7年以下(選択的に罰金刑あり)です。

3 両罪の関係

 これらは、法律的には別々の犯罪として規定されていますが、実務的には、危険な運転行為による交通犯罪については、まず危険運転致死傷罪の適用を検討し、それが難しければ過失運転致死傷罪の適用を検討するということになります。
 実際、検察庁が危険運転致死傷罪の適用を見送り、過失運転致死傷罪で起訴した事案がありますし、危険運転致死傷罪で起訴しても、裁判所が過失運転致死傷罪に変更した事案もあります。

 しかしながら、過失運転致死傷罪であっても、国民一般の感覚として、「なぜあれが危険運転ではないのか?」という事案も多く、当会関係事件においても、検察庁が危険運転致死傷罪の適用を見送った(あるいは見送ろうとした)という事案を経験しています(ただし、支援の結果、最終的には危険運転致死傷罪で立件され、判決も維持されました。)。
 そして、過失運転致死傷罪の裁判が確定した事件のうち、「なぜあれが危険運転ではないのか?」という事案のなかには、同罪の上限が7年であるため、もしも危険運転致死傷罪で裁かれれば7年以上になったであろう、という事案もあると思われます。

 そこで、具体的事案を引用して、考えてみたいと思います。

第3 危険運転致死傷罪の現実

1 ある判例の紹介

 判例秘書という判例検索システムを使って、最近の判例を調べてみました。すると、次のような事案が掲載されていました。下記行為が、「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」といえるかが問題になります。

事実関係

  • 夜間、ベンツを時速146キロで走行
  • 中央分離帯がある片側3車線の国道の一番右を走行
  • 頻繁に車線変更を繰り返して車両の隙間を縫うように走っていた
  • そして、左から出てきたタクシーと衝突
  • 3名死亡、ほか1名は加療期間不詳の怪我
  • 過去に速度違反で行政処分を受けたことがある
判決は?

 いかがでしょうか。普通の感覚からすると、夜に一般道を146㎞で走っているだけで、「その進行を制御することが困難な高速度」といえないでしょうか。ましてや、これが「過失」だとしたら驚かれると思います。そして、実際、この判決は、危険運転致死傷罪ではなく、過失運転致死傷罪と判断したのです。
 その理由は、長くなりますし本稿の目的とズレてしまいますので省略しますが、このような運転行為であっても、「進行を制御することが困難」とまではいえない、という判断です。逆に言えば、進行を制御できたということになるでしょう。

量刑は

 問題の量刑は、懲役7年でした。これは、過失運転致死傷罪の上限です。判決は、悪質で危険な運転であること自体は認めました。
 しかしこれが、危険運転致死傷罪であると判断されていれば、量刑の結果は違っていたかも知れません。

2 他の事件と比較してみる

 そこで、高速度運転の事例で、危険運転致死傷罪と判断された以下の事例を紹介します。

事実関係

  • 夜間に一般道で、時速95キロでカーブを走行。
  • 単独事故で、同乗者2名死亡。他の同乗者2名は、1~2週間の怪我。
判決は

 危険運転致死傷罪として7年でした。

3 考察

(1) 前者の事案は、事前に車線変更を繰り返していたり、速度も146キロと常軌を逸していることなどを考えると、後者の事件と比較すれば前者の行為はより悪質と考えられないでしょうか。前者が危険運転致死傷罪となれば、7年以上の判断がなされてもおかしくない事案であると考えます。
 従って、理屈的にも現実的にも、「国民目線でみると危険な行為だが、危険運転致死傷罪に該当しないために過失運転致死傷罪として処断され、適切な量刑がなされていない事件」というのは、複数存在していると推察されます。
 全体の交通犯罪の数に比べて、このような隙間が生じる事案は少ないかも知れませんが、件数の問題ではないと考えます。被害者にとっては、その事件が全てでありますし、すべからく事案に見合った量刑になることは、司法制度への信頼にとっても重要だと考えるからです。

(2) また、少し話がずれますが、これまで考えてきたのは、危険運転致死傷罪の条文に該当しそうで該当しないという場合ですが、危険運転致死傷罪の条文に、形式的にも該当しない新たな危険行為が社会問題になった場合、そもそも危険運転致死傷罪すら検討余地がなくなってしまい、過失運転致死傷罪で軽く処罰されかねません。これも、隙間の問題といえるでしょう。

第4 改善案(私見)

 前記の通り、一般国民の感覚からみておかしな結論となった判決を紹介しました。裁判官は、条文の文言、制度趣旨等に縛られ、勝手な法解釈は出来ないため立法により、法改正が必要になります。

 では、どのような立法が望ましいのでしょうか。これも難問ですが、次のように考えてはどうでしょうか。

危険運転致死傷罪の要件を緩和

 一つの方向性としては、危険運転致死傷罪の要件が厳格すぎるので、要件を緩和するという方向でしょう。高速度走行の場合であれば、「進行を制御することが困難」という要件を変更して、「法定速度を○○㎞以上超える速度で」とするなどです。
 ただし、危険運転致死傷罪は、危険な運転を認識している故意犯なので、運転者には、「法定速度を○○㎞以上超える速度で運転していた」という認識が必要になります。運転者が、「そんなにスピード出ていたなんてわからなかった」などと言い訳すれば、検察官は、その認識を証明しなければなりませんが、規定を大きく超える高速度の場合を除き、困難を強いられるでしょう。

過失運転致死傷罪の法定刑の引き上げ

 もう一つの方向は、過失運転致死傷罪の法定刑を引き上げることです。例えば、7年を10年にするとか、12年にするなど考えられます。
 ただし、保守的な立場からは、過失運転致死傷罪といっても、行為態様や結果には軽微なものがあるのに一律に重い刑に処せられる危険性を負わせて良いのか、という批判も浴びそうです。

過失運転致死傷罪と危険運転致死傷罪の中間的な危険運転を処罰する新しい類型を定める

 そこで、3つめの考え方として、過失運転致死傷罪と危険運転致死傷罪の中間的な危険運転を処罰する新しい類型を定め、上限を10年とか12年にするということも考えられますが、構成要件をどう規定するかが課題になりそうです。

川本哲郎 元同志社大学教授の主張

 このように、法改正には課題も多いと考えますが、危険運転致死傷罪の要件を見直すのは独自の考えではありません。前記第3「5」(2)の問題意識とも関係するのですが、新たな危険行為類型が社会問題化するたびに法改正するという追いかけっこを防ぐため、川本哲郎もと同志社大学教授は、同志社法學72巻1号の「日本の交通犯罪」のなかで、「飲酒運転などの悪質危険な運転行為によって人の致死傷を惹起した者」という例示列挙規定をおけば、無謀な悪質危険運転行為の問題が解決されると述べておられます。罪刑法定主義との関係が問題になりますが、改正に向けた一つの視点かと思います。
 この他、川本哲郎氏は、「電子監視や社会奉仕などの社会内刑罰の導入や、運転資格剥奪の刑罰化などは今後の重大な課題」と述べておられます。私見ですが、後者の運転資格剥奪の刑罰化は、是非導入すべきと考えます。

以上

参考

「声なき声」の叫び「命の重みと被害ゼロへの刑罰を」(会報65号の誌上フォーラム 提言1より)

交通事故の「非犯罪化」の傾向について(会報65号の誌上フォーラム 提言2より)