「声なき声」の叫び「命の重みと被害ゼロへの刑罰を」(会報65号の誌上フォーラム 提言1より)

 当会は、毎年11月の世界道路交通被害者の日に「交通死傷ゼロへの提言・北海道フォーラム」を開催してきましたが、コロナ禍により2年続けての中止を余儀なくされました。
 しかし、2021年に予定していたテーマ、交通犯罪の刑罰に関しては、発足以来の重要課題ですので、会報第65号において、誌上フォーラム「交通犯罪の刑罰の軽さを問う」として特集しました。


誌上フォーラム:交通犯罪の刑事罰の軽さを問う


 このページでは、上記提言の中から、提言1「「声なき声」の叫び「命の重みと被害ゼロへの刑罰を」」(代表 前田敏章)を掲載します。

「声なき声」の叫び 「命の重みと被害ゼロへの刑罰を」

代表 前田 敏章

1 「こんな悲しみ苦しみは、私たちで終わりにして欲しい」

 当会はこの共通の願いで22年前に発足しました。

 交通死者数は少し減りました。しかし社会が守るべき歩行・自転車中の死傷者は、年間105,055人にもおよび、うち死者1,421人、重傷者13,461人(警察庁統計、2020年のデータ)と、本来「道具」であるべきクルマが「凶器」ともなり、基本権である「生命権」(憲法13条)が日常的に侵されているという危険社会が今も続いています。

 交通死傷被害ゼロの当たり前の社会を実現するために、「クルマは便利で役立っているから、ある程度の犠牲は仕方ない」「故意では無いから罪は軽く」などという人命軽視の麻痺した「クルマ優先社会」は一刻も早く改めなくてはなりません。【図1】
 そのために求められるのは、交通の安全に関する要素「人、車、道路」のそれぞれにおける根底の施策を総合的に講じて「負の連鎖」を絶つことですが、その根底施策の一つが交通犯罪の刑罰適正化です。

図1 クルマ優先社会の負の連鎖から交通死傷ゼロの社会へ

【図1】 クルマ優先社会の負の連鎖から交通死傷ゼロの社会へ

2 「起訴率を上げ、罪に見合う刑罰を」

「起訴率を上げ、罪に見合う刑罰を」
 これは、当会発足翌年の総会(2000年)で確認した5つの重点課題の中の一つです。
 当時は、危険運転致死傷罪(最高刑20年。以下「危険運転罪」)は無く、飲酒や危険速度など悪質な交通犯罪であっても、業務上過失致死傷罪(最高刑5年)でしか裁かれませんでした。これは、窃盗罪や詐欺罪(最高刑10年)の半分に過ぎません。

 私たちは、この不条理に対して「悪質交通犯罪に厳罰を」と立ち上がった鈴木共子さん(2000年の神奈川県小池大橋飲酒運転被害遺族)、井上保孝・郁美さんご夫妻(1999年の東名高速飲酒運転被害遺族)らの要請署名活動に参加し、会からも4千筆以上の署名を届けて、2001年の「危険運転罪」制定に繋げました。〈2001会報4号p2

 その後も、犯罪被害者等基本法に励まされて必死に声を上げ、2007年に業務上過失致死罪から分離独立させ最高刑7年とした自動車運転過失致死傷罪が出来、2013年には、危険運転罪過失運転罪が刑法から独立した「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法」(以下「処罰法」)にまとめられました。〈2014会報44号p72017会報54号p8

3 危険運転罪から21年 処罰法から9年の課題

 「処罰法」には、危険運転致死傷罪の構成要件を緩和した中間刑を定めたこと、飲酒ひき逃げ犯などの「逃げ得」を許さない「アルコール等発覚免脱罪」を定めたことなど、大きな改善もありましたが、根幹に関わる問題点が未だ根強く残されています。〈2013会報42号p9

課題1 危険運転致死傷罪の目的など主観的要素の要件緩和、および危険運転一般に適用可能な条項を設けるなど適用拡大を図ること

★「今回の事件が判例となり、危険運転罪の適用が厳しい現状に対し、道を切り開く一歩になってほしい」
 これは、2014年の小樽飲酒ひき逃げ4人死傷事件で娘さんを奪われた原野さんが、事件から3年後、訴因変更を求めた加害者の刑事罰が最高裁で確定し記者に伝えた痛切な言葉です。〈2017会報54号p6

★「当たり前の裁きを求め、闘わなければならない現実。最高裁決定を受けて改めて妻の無念を思う」
 同じく、2016年旭川飲酒暴走事件で、奥様を亡くされた中島さんの手記です。〈2020会報61号p4

 どちらの事件も最終的には「危険運転罪」で裁かれましたが、当初の起訴は、スマホ操作による脇見(小樽)、ハンドル操作ミス(旭川)であり、ご遺族が会の仲間と共に代理人弁護士の力添えで訴因変更を求める要請行動を行った結果の、「危険運転罪」適用でした。

★「危険罪認めず」「法を見直すしかない」
 これは、東京新聞2021年2月17日の社説です。
 2018年12月、三重県津市での事件。加害者は時速146キロでタクシー側面に衝突して5人を死傷させましたが、名古屋高裁は危険運転致死罪の構成要件には該当しないと、過失運転罪で懲役7年としました。同社説は現行法の「制御困難(な高速度)」や「殊更な(信号無視)」といった適用条件のあいまいさを鋭く指摘し、抜本改正の必要性を論じています。

課題2 過失運転致死傷罪の最高刑を引上げ、結果の重大性を裁き、処罰の連続性を実現すること

★「息子の無念を想う、命を奪って何故執行猶予か」〈2021会報63号p3
★「被害から17年、23歳の隆輔は今も意識がありません」〈同63号p1
★「弟は一時停止無視の危険運転によって命を奪われました」〈2020会報62号p2
★「重傷被害から6年 遷延性意識障害の息子のこと」〈2019会報59号p3
★「夫は青信号で横断中、信号無視の“殺人車”に命を奪われました」〈2019会報58号p1
★「母の無念を思う 何故執行猶予という寛刑なのか」〈2017会報53号p1

 いずれも、重大過失によってかけがえのない命と健康を奪われたにもかかわらず、執行猶予が付くなど寛刑で裁かれた事件の痛切な手記標題です。
 無念の「声なき声」を代弁する、悲痛な「叫び」は、今も連綿と続いているのです。

 刑罰の軽さは、下図に見られるように、起訴率および実刑率の低さともなって現れ、世間は「潜在的な加害者」の目で、いわば「許された危険」として捉えてしまうことが、クルマを凶器とする被害を日常化させる主要因になっていると考えます。

【図2】自動車運転過失致死傷罪での検挙者の裁きと処遇(2019年)

【図2】自動車運転過失致死傷罪での検挙者の裁きと処遇(2019年)

 過失運転致死罪の最高刑を大幅に引き上げるとともに、最低刑を罰金刑ではなく有期刑とするなど抜本改正が求められます。

課題3 「刑の裁量的免除規定」の廃止

 前2項の課題に関して、悪しき役割を果たしているのが、2001年の危険運転罪制定時に設けられた「刑の裁量的免除規定」(「処罰法」第5条「ただし、その傷害が軽いときは、情状によりその刑を免除することができる」)です。
 私たちは、この条項の問題性~構造的な起訴率低下と交通事件の非犯罪化を招く~を当初から指摘し、要望書でも廃止を強く求めてきましたが、その問題性は一層深まっています。〈2021会報63号p10

4 被害者の尊厳と死傷被害ゼロのために「処罰法」改正を

★「あまりに軽い司法の裁きを憂う」
 本号巻頭手記の標題です。一時停止標識を無視し、制限速度を20キロも超える危険速度で交差点に突入した加害者に命を奪われた高山卓也さんのご遺族は、ご無念を絶対に無駄にしないと、最高裁長官と検事総長へ直訴されるなど、懸命の訴えを続けています。〈2021会報64号p3

 真理と正義は何より強いはずです。私たちは、歴史の歯車を前へと動かす権利主体として、力を合わせて声を上げていきたいと思います。
 「被害者の視点=命の尊厳=交通死傷被害ゼロ=社会正義」です。

参考

交通事故の「非犯罪化」の傾向について(会報65号の誌上フォーラム 提言2より)

危険運転致死傷罪と過失運転致死傷罪の隙間(会報65号の誌上フォーラム 提言3より)