「いのちのパネル」とは
車によって かけがえのない
いのち・体の自由を奪われた者から
「このような被害は二度と起こして欲しくない」
というメッセージです
主催:「いのちのパネル」実行委員会
協力:(財)北海道交通安全協会、共同募金会、北海道交通事故被害者の会
感想アンケートより
2022年6月7~13日、8月10~15日 JR手稲駅にて

JR手稲駅(2022年6月7~13日)

JR手稲駅(2022年6月7~13日)

JR手稲駅(2022年8月10~15日)
- 一つだけのすてきな命を、すてきなミライに!
一つしかない命だからこそ、もっと自分じしんをたいせつに。人をころしてしまえば、くいがのこる人生。たすけたい。まもりたい。かなしい、さびしい。このきもちを前より大切に。今をもっとたいせつに。この時間、一分、一秒をもっとたいせつに。一つしかない命だから。一度しかない人生だから。一つだけのすてきな命を、すてきなミライに! 次につなげる大きな一歩。
(9歳 女子) - 車は凶器
車は一つ間違えると大変な事になります。車は凶器です。できれば車は乗らない方がいいと思います。
(60歳代 男性) - 父も被害に
自分の父も59歳の時、朝早くに通勤中対向車線の車が中央線を越えてぶつかってきて、一時意識不明にもなった。片肺の破裂、肋骨を複雑骨折、膝の関節は破れ、かかとの骨もお辞儀をするような形に骨折した。顔面も複雑骨折し、事故前とは別人のような顔になった。
普段のニュースを耳にする度、胃に痛みが走る。ただ、それは自分にも他の人の「いのち」の重みが多少なりとも感じられている証だと想って、今日も。
(30歳代 男性) - 全部読みました
全部見て読みました。自分自身や自分の家族が被害にあったらと考えたら悲しくなり涙が出ました。私は車の免許を持っていません。母に免許は取らないで、と18歳の時に言われました。被害の方々のご冥福をお祈りいたします。
(50代 女性) - 運転を止めて正解と思いました
とても辛い出来事で、全てに目を通すことはできませんでした。私も75歳。3年前まで車を運転していました。新聞やテレビで高齢者の事故を聞くたびに、子どもたちからの「他人を巻きこむな」という言葉にしたがって運転を止めた事を正解と思っています。 (70代 女性) - 母を交通事故で亡くしています
一つひとつ丁寧に読ませて頂きました。実は私も母を交通事故で亡くしています。突っ込んできたトラックにはねられ、意識も戻らず、数日後帰らぬ人となったあの辛さは消えません。40年以上も前です。
(50代 女性) - 軽い刑罰に怒りが
最初、何を掲示しているのだろうと立ち止まって、1枚の写真と記述されている内容を読み、そのまま最後まで読ませていただきました。
読んでいくうちに悲しく、何とも言葉に表せない感情になりましたが、だんだん怒りの気持ちが強くなってきました。何で加害者が軽い罰則なのだろうか。おまけに執行猶予付きが多いのは何だろうと思いました。全くの不可抗力の事故が生ずることは否定しません。しかしパネル展での事例は自動車という凶器による殺人行為だと思います。
加害者の逃げ道のない法整備に向けて運動されている事例も記載されていました。その方の願いがかなえられるように祈念しますが、何と言っても安全教育の充実が必要だと思います。実のある効果的な交通安全教育の推進を願ってやみません。
(80代 男性)
2022年3月7~18日 佐川急便(株)札幌北営業所でのパネル展にて
- 心を痛くしました
私は、いのちのパネル展を見て、自分の知らない所で色々な事故が起きてしまっていることを今日知り、すごく悲しい気持ちになりました。小さいいのちや大切な家族のいのち、もし自分の身近な方や、自分が事故を起こしてしまったらと思うと、とても心を痛くしました。
(20歳代 女性) - 高校時代に同級生が亡くなったことを思い出しました
高校時代に、面識はないですが、同級生がトラックにひかれて亡くなったことを思い出しました。知っている同級生などが泣いていて、その当時は呆然としていた気がします。自分も車を運転するようになって、この体験を通してもう一度安全運転を考え直したいと思います。
(30歳代、男性) - 命を奪う凶器に乗っていると認識し安全運転に努めたい
少しの油断や判断ミスで他人の命だけでなく、その家族の人生もメチャメチャにしてしまうと思いました。毎日、仕事だけでなくプライベートでもハンドルは握るので、常に自分は命を奪う凶器に乗っていると認識し、安全運転に努めたいと思います。
(40歳代 女性) - 親戚も親友も交通事故で失いました
毎日、仕事やプライベートで車のハンドルを握らない日はありません。「車は凶器な乗り物です」と運転免許の学校で教わった事を、今もはっきり覚えています。当時は若く、そんなものかと思っていましたが、歳を重ねる毎に車の危うさを感じていました。親戚もそして親友も交通事故で失いました。悲しみしかありません。「いのちのパネル展」を見て、やるせない思いです。自分の家族が事故で命を奪われたと思うと……。仕事でハンドルを握る以上、悲しむ人を作らない運転を心掛けます。交通事故被害者が一人でも無くなることを祈ります。
(40歳代 男性)
2021年以前の感想

JR手稲駅(2021年6月11~14日)

北広島エルフィンパーク(2021年4月6~12日)
- 私も交通事故で母を亡くしています
パネル展、つらくて最後まで見終えることが出来ませんでした。もう15年たつのに。
こんな悲しい想いをするのは二度と嫌です。今でも、あの日警察から連絡が来た長かった夏の一日を忘れることが出来ません。
私だけでないのだ、ということを改めて思いました。これからも、決して忘れません。
(2021年6月 JR手稲駅 50代 女性) - 私は自転車に乗っていて事故にあいました
この世の中車が無かったら移動するのも困る時代ですが、事故の恐ろしさ、そして残された方の気持ち、みんなで考え伝える事が大事と思います。
(同会場にて 60代 女性) - 安全運転に徹します
私は道外出身で免許は東京で取りました。全国転勤の仕事柄、南は沖縄まで、色々な地方で生活・運転をしましたが、北海道ほど一般道を高速道路並みの速度で走る都府県はありません。60km/h制限の道路を80~90km/h、冬でも100km/h以上で走る車がいます。コンプライアンス(法令遵守)意識の低い方が全国より多いと感じられるのが残念です。
パネル展の写真の方は、「もっと生きたかった」と言っているようでなりません。安全運転に徹します。
(2021年4月 北広島エルフィンパーク 60代 男性) - 企画された方に感謝
私はエンジニアとして、交通安全対策を考える立場にいます。日々事故データと向き合い、何故事故が起きるのか、どうしたら防げるのか、その答えは未だ見つかっていません。
今日はランニングでここまで来ました。走れることの喜び、楽しみは生きている人にしか味わう事ができません。
このパネル展を見て、エンジニアとして出来ることをもっともっと考えなければならないと実感しました。素晴らしい企画を考えた方、ありがとうございます。
(同会場にて 40代 男性) - 自分が加害者にならないように意識します
交通事故で亡くなった人への親しい人へのメッセージをみて、ゾッとしました。自分が加害者にならないように意識するようにします。交通事故でその人の人生を一気に変えてしまうのだ、と思いました。
(2020年4月 北広島エルフィンパーク 10代 女性) - 命の重みを感じました
私の母も交通事故に遭いました。命は助かりました。私も気を付けたいと思います。
(同会場にて 40代 女性) - ハンドルを握る手に「責任」を握りしめて運転します
パン屋の通りすがり、何気なくパネルを見て……。言葉につまります。ハンドルを握る手に、しっかり「責任」を握りしめて運転します。他人事ではないと思いました。
(同会場にて 50代 女性) - 「車は凶器」のことばを心にして
パネルから一人ひとりの人生と生きた証を見せていただきました。車は凶器、このことばを心にしていきます。
(同会場にて 70代 女性) - こちらの会の運営には本当に尊敬申し上げます
砂川や小樽の無謀運転など、人の生命というものを全く考えていない世情。人としての“やさしさ”に欠けています。
自動車メーカーにおいては、アルコール感知・停止等の危険運転自動察知システムがとうに開発されてしかるべきものを。まして時速100キロ以上速度の出る自動車そのものが道路交通法違反ではないか。
何よりも加害者に対し考慮しすぎ。交通三悪と言うなら、それを違反した時点で即免許取り消しすべき。つい違反をしてしまうというなら不適格で、免許を持てる者ではない。
社会がこの悲惨さに対し、全く無関心と言える。今の社会はやさしさに欠けている。
本来のあるべき社会は、やさしさをもって、気遣う心を第一とした、まず利他的な精神が発揮されなければならない。
(2016年4月 厚別区民センター 60歳代 男性) - 自分も気を引き締めます
たまたま見かけました。時間が経っても時計は止まったままというメッセージが心にささりました。
私も小4の子どもがいますが、自分の子どもを失うことなどとても考えられません。
交通事故を無くすために自分も気を引き締めますが、このようなパネルを通して訴えることは大切と思いました。
(2015年5月 豊平区民センター) - 亡くなる方が、一人もいなくなる社会に
自動車というものは、大型機械ですから、慎重に取り扱わねばならない代物です。
しかし、たぶん経済的な理由で、簡単に免許が与えられているのだと思います。
人間の体というのはもろいものであって、鉄の前にたちまち砕かれます。そこのところをドライバーは責任をもって自覚するべきと考えます。
亡くなる方が、一人もいなくなる社会になって欲しいです。
(2015年4月 西区民センター 50代 男性) - 昨日も来て、頂いた少冊子を家族で読みました
近しい人を突然に、それも理不尽な事故で亡くされた人の心の痛みはいかばかりでしょう。職業ドライバーではありませんが、日常業務に常に運転がともない、年間3万キロ以上車を走らせなければいけない私自身、顧客との取引関係や自分の都合よりも何よりも、一番に交通安全を優先しなければいけないという、日頃忘れかけていた事に気づくことができました。
実は、昨日もこの場所に来たのですが、その際に頂いた小冊子を帰宅してから妻と二人の中学生の子どもに見せました。自分のみならず、大切な家族を加害者にも被害者にもしない為に……。
(2014年11月 JR手稲駅 50代 男性) - 立ち止まって、ゆっくり、命の大切さを考えます
私も運転をする1人として、絶対に、いい加減な運転はしてはいけないと、改めてパネルを見て感じます。孫がもうすぐ1歳になるので、9か月お腹にいた女性のパネルは、とても悲しく感じました。立ち止まってゆっくりゆっくり考えなければいけないことだと思います。
命の大切さを今一度考えて運転したいと思います。ありがとう。
(同会場にて 50代 女性) - 加害者の言葉に怒り
最後まで見ました。私と同じ年の36歳の方も居て、ショックでした。みんなみんなちゃんと交通ルールを守っていたのに、運転者はどうして自分の都合だけで危険な運転をするのだろう!! そして、加害者の言葉……ひどすぎる。人じゃない……。加害者は生きているからいい。しかし、亡くなった人、彼ら、彼女らの気持ちは? 遺族の気持ちは考えてくれないの?!って強く怒りを感じました。
(同会場にて 30代 女性)